形而下の文化史

表象文化史・ジュエリー文化史・装飾文化史

 

023-05-14 特別編 日本のゴルゴン (8)イシュタルの舟 (2)

 

二枚の彩文土器と舟葬

 

 

今回の記事は本田進一郎氏のブログ(参照)を読み発案しました。参考にされている資料も「日本西アジア考古学会」などで信用に足ります。本田進一郎氏にも、ご無礼ではありますが、表象的にはこう言う解釈もあると思っていただければ幸いです。

最近、sienceにヒトゲノムでの歴史分析が掲載されたそうです。その中でアナトリアへのコーカサスの狩猟採集民の移動が確認されたそうです。アイヌコーカサス部族説(参照.1)(参照.2)やチャタルフユックの祠堂壁画解釈(参照・7年前の記事です。一部書き直しも必要です。)は確信が持てました。ただ、コーカサス地方の部族を狩猟採集民と表現するところに違和感を感じます。淡水湖・黒海コーカサス地方には、確かな文化がありました。BC7,000年頃には初期農業も伝播しています。BC6,000年頃のワインも確認されています。黒海大洪水によって伝播したものを明らかにしていけば、その文化の正体も明らかになるはずです。

 

さて、今回は下の二枚の彩文土器をご覧ください。イラク北部と中部のもので、BC5,500J年頃とBC4,000年頃、すなわち黒海大洪水以後のものです。場所と時間が大切です。

写真(60)は周りに「雨」、中央には「十字の平衡」、そして「sheveron・平衡」の角を持った鹿のです。お判りのはずです。北イタリアのCamonica Valleyの岩絵の鹿(参照)アイヌの熊(参照)と同じ概念です。雨による平衡の女神によっては鹿や熊がもたらされることを願っています。

次に、写真(61)を見ると、同じ構図であることが解ります。外に「sheveron・平衡」と「雨」,内に「平衡の卍・上下に火と雨を指すお釈迦様スタイルを二つ組み合わせた表象(参照)」です。 平衡の女神によっては魚がもたらされることを願っています。

コーカサスの狩猟に関する概念が、この地域の進んだ彩文土器に現れたのです。

大洪水の後コーカサスの部族は南下していました。

メソポタミア

 

(60) Hassuna redware bowl circa 5500 BC(Author:United States Agency for International Development)

 

 


(61)The Samarra bowl (ca. 4000 BC) at on exhibit at the Pergamonmuseum, Berlin.(Author:Dbachmann)

 

そうしてもう一つ重要なことが本田進一郎氏のブログに書かれています。

「この地区の墓に舟が副葬」されていたそうです。写真(62)コーカサス山中のこの墓からも舟が見つかっています。

舟を副葬するとはどんな概念でしょうか、舟葬ならばそもそも墓はありません。わざわざ墓を作って舟を副葬しています。この舟は「舟葬」していた部族の死者を送る慣習と概念だと考えます。「イシュタルの舟」に変わっていく概念です。

つまり、上記の彩文土器絵のように魚に憑依か変身して魚の群れを届けてくれていた雨による平衡の女神は、黒海大洪水で水により多くの人たちを殺しました。冥界の女神になった雨による平衡の女神は、魚を届けてくれる時魚の姿にもなっていました。人々が行っていた舟葬で死体をかたずけてくれるのは魚です。この二つのことが重なり、死者を冥界に送るのは舟に乗ったイシュタル(冥界の女神にもなった雨による平衡の女神)との概念が作られたと考えるのです。

舟を副葬した時すでに変わっていたのかは分かりません。魚を取っていた黒海を離れて舟葬出来なくなった想いがそうさせたのかもしれません。しかし岩に彫られたり、彩文土器に描かれた時には「イシュタルの舟の概念」は確かに存在しています。

 

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(62)ダルガウスの家型墳墓群、北オセチア共和国

 

キュクラデス諸島の「イシュタルの舟」には、穂先に鳥の足を持つ魚が描かれています。つまり、「ハゲワシ」の鳥葬と同じ魚の「舟葬」です。冥界の女神イシュタルは魚にも表象されたのです。やはりコーカサス地方黒海沿岸部では大洪水前に「舟葬」を行っていたようです。

弥生時代の壺絵にも「鳥の足を持つ魚」がありました。また「舟形の石棺」も「舟の副葬」や「イシュタルの舟」と同じ概念が見られます。中国・仰韶文化(BC5,000~BC2,700年頃)の「人面魚」も「雨による平衡の女神」ですね。彩文土器に子供の埋葬も見つかっています。アイヌの狩猟文化と共に北イタリア、仰韶文化の農業は、大洪水前のコーカサス文化を知る重要な遺跡の一つです。北イタリアと非常によく似た文化を持っています。

 

次回はこれらを踏まえて「イシュタルの舟」に戻ります。

 

 

 

 

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